【関係各所の皆様へ】9月入学制度導入反対の意見書

                    2020年6月1日
関係各所の皆様へ
                  中学受験 桜梅塾
                      大竹 智子

      9月入学制度導入反対の意見書

 私は、東京都在住の40代女性で、個人事業主として中学受験塾を主宰している者です。
 この度、新型コロナウイルス対策としての学校の長期休校に伴い、「今年度の5ヶ月延長」「来年度からの9月入学制度導入」などの案がにわかに浮上してきましたが、私はこの案に対し反対、また恒久的な「9月入学制度導入」には断固反対の立場を取っております。

 日本において4月入学制度が定着し維持されてきたのは、地理学的、生物学的、文化的な根拠に基づいてのことであると私は考えております。
 人々の暮らしや社会制度は、気候も含めた地理的条件のうえに初めて成り立つものであり、人間の営みは自然の摂理には逆らえません。
 そのような営みのなかで日本人としてのアイデンティティを確立し、自国の独特な文化に強い誇りを持って海外との良き交わりを増やすことこそが、真の国際化・グローバル化を進め、日本の発展と異文化交流を盛んにすることに大きく寄与すると確信しております。

 また、長期休校により「今年度の学校のカリキュラム消化が難しい」「各入試に影響が出る」といった声も上がっていますが、これらについても然るべき「ソフト面」での対策を複数施すことにより、十分に対応が可能であると考えております。

 目下、世間での「9月入学論争」は、賛成派の「高校3年生」と反対派の「未就学児の保護者」の対立であるかのように捉えられているふしがありますが、実際には「強制的に5ヶ月在学期間延長」させられることを嫌う反対派の高校3年生たちも少なからず声を上げています。
 そのような状況に鑑み、私は「今年度の在学期間延長もしくは留年の選択制」を対応策の一つとして挙げた「今年度および来年度の進級・進学・就職」についての意見書を作成し、お送りする次第です。
 つきましては、関係各所の皆様に、一市民の私見として以下をご高覧いただけましたら、誠に幸いに存じます。


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★コロナ第1波後の学校再開
 カリキュラムの運用に幅を持たせ(詳細は後述)、必要に応じてオンライン授業を並行させる。
 また、コロナ感染の不安を感じる子ども・保護者には自主休校も選択可能としてよいのではないか(事情によっては欠席扱いとしない)。未知のウイルスとして現れた新型コロナに対しては、現段階で認識に個人差があるため、柔軟な対応が望ましいと考える。
 さらに、小学校から大学までの全学年において、今年度末には条件付きで「進級(卒業)もしくは留年」のいずれかの選択を可能としてはどうか。留年選択の場合の費用は、状況に応じて一部または全額を国が負担することが望ましい。(今年度の高校および大学の「卒業」についてはさらに、時期を「来年3月」「来年夏季」の二者から択一可能とする。詳細は後述。)

★小学校・中学校・高等学校の、今年度の最高学年以外の学習
 今後、再来年(2022年)の3月末までに、「途中ではカリキュラムの弾力的な運用を行いながら」今年度と来年度の2年分の学習内容を消化する。
 たとえば、今年度の小学3年生の場合、来年(2021年)の4月以降にも3年生の教科書を使用して学校で授業を行うことを許可し、地域ごと、学校ごとに異なる子どもの学習状況を現場の教師が見極めて、学習内容の順序の変更なども含め、柔軟に授業を進める。
 遅れを取り戻すための調整期間を学年またぎで長く取ることにより、子どもの詰め込み学習における消化不良を防ぐとともに、今年度の教師の、実務上の負担の軽減も図ることができるのではないか。

★小学校・中学校・高等学校の、今年度の最高学年(小6、中3、高3)の学習
 学校再開が段階的になる場合は、各学校の最高学年の登校を優先し(韓国の方法に近い)、原則として来年(2021年)3月までに今学年の学習内容を消化する。
 ただし、地域ごと、学校ごとに現時点で進度の差があることを考慮し、来年度は進学先の1年次において通常よりも復習的な内容を手厚く盛り込むなどの調整を行う。そのためには小・中・高・大学間の連携が必要となるため、国(文部科学省)がガイドラインを示すことで、地域間の格差を極力抑えることができるのではないか。
 また、高3においては、学校間での学習の進捗状況の差がやや大きいと考えられるため、今年度に限り、卒業時期を「来年3月」「来年夏季」の二者択一制とする。(それに伴い、来年度の大学入学時期は、全国の大学において4月と9月の2回設ける。こちらについての詳細は後述。)
 高3の「来年夏季」卒業希望者が多数の場合、学校の教室・教員の不足が生じることが予想されるが、学校内、さらには近隣の学校との協力をもって可能な限り生徒の希望が尊重されることを期待する。

★各学校における業務の増大への対策
 緊急事態下で、各学校においては休校中もオンライン授業への対応などを含めた業務が増大している。学校が再開すれば、通常とは異なる授業の進め方や一層の衛生管理が求められるため、さらに業務は増大することが見込まれる。
 その対策として、半年ないし一年契約の臨時職員を各学校に複数名配置し、事務的作業や授業準備などの業務を負担してもらってはどうか。
 緊急事態下での派遣切りなど、仕事を失い困窮している人も少なくないなか、一方では繁忙を極めている業種や現場もある。その不均衡を調整することができれば、一石二鳥ではないか。
 各学校での人材採用活動では現場の負担が増すため、都道府県の教育委員会の指揮による一括採用を行ったり、派遣会社に協力を求めるのはいかがだろうか。

★来年度(2021年度)の入試
☆中学入試
 中学受験生の場合、学習塾等では5年生の終わりまでに入試での出題範囲の学習がほぼ一通り終わっているため、一律での特段の対応は必要ないと思われる。
 ただし、来年度は通常とは異なる状況で入試を迎える可能性があるため、各学校レベルで出題傾向の変化などが起こリ得ると考える。その場合、各学校は事前の学校説明会などで、受験生とその保護者にその旨を説明するのが望ましいのではないか。

☆高校入試
 地域により、個人により、学習状況に差があることが考えられるため、都道府県ごとに教育委員会が実情を調査し、場合によっては公立高校の入試における出題範囲の削減・軽減を行い、出題範囲を可及的速やかに発表する。私立高校等においては、中学入試と同様の方法で対応できるのではないか。

☆大学入試
 地域・高校、また個人による学習状況の差がやや大きいと考えられるため、来年度(2021年度)に限り全国の大学で4月と9月の2回の入学機会を設け、それぞれに合わせて入試を行う。
 緊急事態下で、年間2回の入試を実施するための資金繰りが厳しい大学に対しては、来年度に限り私立大学も含め国が特別に補助金を支給し、受験生のための門戸を広げる。
 また、4月入学希望者のための入試においては、原則として出題範囲の削減・軽減、思考力重視の記述問題等の追加を行い、出題範囲・方法を可及的速やかに発表することで、受験生間に生じる格差を極力抑えることができるのではないか。
 AO入試については、コロナ禍で通常の学校生活や部活動などができていない状況を踏まえ、受験生に不利益が生じないよう、選考方法に幅を持たせることを期待する。

★来年の大学卒業予定者の卒業時期・企業における新卒者の採用
 高校卒業予定者と同様、今年度に限り、卒業時期の「来年3月」「来年夏季」からの二者択一を全国的に可能にする。
 全国の企業においては、可能な限り、来年度は4月と9月の2回の入社機会を設け、2021年に大学を卒業した者に対しては卒業時期・入社時期の如何を問わず「新卒」として採用する。(たとえば、「3月に卒業して9月に入社」の場合も新卒扱い。)
 これらの対応により、就職活動の期間に幅を持たせ、就職先の選択肢を増やすことが可能になるのではないか。

★今年度の幼児教育
 コロナ対策による外出自粛などで、幼い子どもたちも少なからずストレスを抱えている。心のケアをより一層大切に、園で過ごせる時間が短くとも各家庭との連携を取りながら、園児たちが良き社会性を身につけていくための教育が継続されることを希望する。


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 上記についての補足です。

 今回のコロナ禍において、来年3月までに十分な学習や学校生活を終えて卒業することが難しい状況に置かれている方々がいらっしゃることは存じております。そのような方々が訴える希望に真摯に耳を傾けることは、もちろん大切です。
 しかし、その一方で、休校期間中も地道に勉学に励むのみならず、学校行事ができなくなったこともやむ無しと受け止め、来年春の進学や就職を当初の予定通りに果たしたいと強く願っている若者、子どもたちが少なからず存在することも、紛れもない事実です。
 これまで「当初の予定通り3月に卒業したい」と望む子どもたちの声は報道などでもほとんど取り上げられず、「9月入学にしなければ子どもたちがかわいそう」という見方をする大人の声ばかりが大きくなっていたことには、違和感を感じざるを得ません。

 「予定通りに先に進みたい」と取り組んでいる若者や子どもたちのなかには、自らの強い意志や信念を持つ子も多く、そのような子は将来の日本の意思決定層を成していくものと思われます。そんな彼ら彼女たちの足を引っ張り、歩みを遅らせることは、今後の日本の国益を著しく損ねる恐れもあると考えられます。
 さらに、もしも近視眼的な発想で恒久的な9月入学制度導入へと舵を切れば、未就学児の教育にまで莫大な影響を及ぼすため、ますます日本の未来に暗い影を落とすことが避けられなくなるであろうと心配せざるを得ません。

 「学習の遅れを来春までには取り戻せない」「いくつもの学校行事が無くなってしまったのでは納得できない」という高校3年生の意見もあります。ですが、その意見を「大勢」と見なしてしまい、一律で今年度を17ヶ月間に延長することにより、前述の「当初の予定通りの卒業・進学・就職を目指している学生・生徒たち」の「足を引っ張る」のは理に適っていません。
 よって、勉学の面のみでなく学校行事や部活動の面でも、希望者が5ヶ月の「在学期間延長」や「留年」を「選択」できるようにすることで、各々の希望を最大限に尊重するという平等性を保つことが可能になると考えます。
 自らの意志で夏季卒業や留年を選択した方々には、個々の大人も社会もその選択に敬意を表し、これが一つの契機となって、現役新卒主義を脱した就職、企業による通年採用、個性や能力を生かした多様な就業形態の一般化が進むことを望みます。

 そして、そもそもの論点であったはずの、子どもたちの「学習の遅れを取り戻す」ための方策として見るならば、今年の9月までを今年度の準備期間として、その間に登校機会を設けることなく9月入学を実施することは、完全に逆効果であると考えられます。
 と申しますのは、3月からの休校期間中の子どもたちの学習進度は各々の自主性によるところが大きく、もともとの勉強好き・嫌い、得意・不得意によってペースに差があるため、その期間が長くなればなるほど差は広がる一方であるからです。
 学校という場で子どもたちが一堂に会し、「時空間を共有し」ながら対面式の授業に参加し、「教師からの直接指導を受ける」機会を確保することにより、学習環境・条件の格差が縮められます。
 よって、学校再開が可能な状況であれば今を逃すことなく、コロナ感染の再拡大のリスクを最小限に抑えつつ、分散登校などで子どもたちの登校機会を確保することが重要であると考えます。(ただし、前述の通り、自主休校も可能とする。)
 今から登校機会を設けていけば、途中でコロナ第2波・第3波による再度の休校期間が生じた場合でも、来年の春までの断続的な登校が可能になります。断続的であっても、9月になるまで猶予して登校機会を全く設けないことに比べれば、教師と子どもたちのコミュニケーションの断絶を防ぐことができ、格差社会を助長することも避けられるのではないでしょうか。
 並行して、オンライン授業のノウハウの構築により指導の多様性を高めることが、今後の日本の教育水準の上昇につながると期待します。


 今回のコロナ禍は100年に一度のレベルの「世紀の一大事」とも言われていますが、そのなかで私は、人としてこの今を生き抜いていくこと自体が貴重な経験となり、歴史の証人になることでもあり、非常に大きな意味を持つと考えております。
 自主的な在学期間延長や留年により「勉学や行事を行う」ことや「青春を取り戻す」ことができるとしても、「○○歳の今日」という日は二度と戻ってきません。「今日」という日が「一期一会」であり、その日々の積み重ねであるはずの3ヶ月という時間を「失われた」という言葉でひとくくりにしてしまうのであれば、自分自身を否定し、自分自身を傷つけていることになってしまうと私は考えます。
 子どもたちがどのような選択をしても尊重されるべきですが、その選択云々に関わらず、「一度きりの今日という日」を大切にすることの意味を伝えていくのは、大人たちの使命と言えるのではないでしょうか。
 一日一日を、自分を大切にしながら、不自由さはあっても無事に生きられていることこそが素晴らしいと感じられるよう、私は教育に携わる者の端くれとして、子どもたちに笑顔で接し続けたいと考えております。



 グローバル化に対する私見、大学の年間複数回の入学・卒業機会の創出、企業による通年採用の促進などについては、また改めて意見書を作成してまいります。

 本日は、最後までお目通しいただき、誠にありがとうございました。

※筆者:大竹 智子 略歴
 専門学校、社会人専門スクール、大手進学塾などで講師を務めた後、独立して中学受験の個人塾を主宰。
 料飲(飲食)分野のプロでもあり、日本製品の輸出、外国でのセールスプロモーションの実務経験も有り。
 桜蔭中学校・高等学校卒業、早稲田大学 第一文学部 文学科 卒業。